2010/08/16

今日は何の日?

今日はながーく書くよ!書いたよ!


もう亡くなったうちのじいちゃんは、とても陽気なおじいだった。

彰(アキラ)じいは、うちら孫が遊びにくると
「シェイシェイ!スパシーバ!」
ってわけわかんない挨拶をしてくるじいちゃんだったw

車をバックさせる時、率先して「オーライ!オーライ!」って言ってくれるのはいいが、そのあと必ず「あ゛ー!きたきたきた!」って言って急ブレーキ踏ませたりw

亡くなった数日後に冷凍庫からじいちゃんが間違えて(じいちゃんは呆けてはなかった)こんにゃくしまってたのが発見されて、死んでからもみんなを笑わせてくれたじいちゃんだった!


アキラじいの笑えるエピソードはシリーズ化できるほどあり、数えきれない。




そのじいちゃんが行った戦争が、65年前の今日、終わった。


詳しく言うとじいちゃんはまだ終わってなかった。たぶん。



うちらの前では決して怒らず、笑いだけを与えてくれたおじい。
戦争に行ったことは知っていたけど、戦争ってどうだったの?って聞いても

「戦争?暇だったねぇ。んで、ようやく突撃!ってなって行こうとしたとたんに戦争終わっちゃって、特に何もしてねぇ!」
って言われて、小さいかった兄弟3人で
「おじい・・・しょーもな!w」

って言ったのを覚えてる。このおじいならありえることだって思ってw



でも実際は違ったんだ。



恥ずかしい話、高校2年でおじいが亡くなった時まで上の話を信じてた。
おじいが戦争で大変な苦労をしたことは、亡くなって、葬式のときに当時の戦友(っていうのかな?)
の人たちが来て、じいちゃんへ向かって言った言葉で知った。

わたしのじいちゃんは15歳で満州に行った。
「満蒙開拓青少年義勇軍 」っていうので、満州にいたらしい。
たしか、志願していったって言ってた気がする。
そんで、たぶんじいちゃんは満州で終戦を知った。
それからシベリアにしばらくいたらしい。

「シベリア抑留」って知ってるかい?
たぶんじいちゃんはしばらく捕虜になってたんだと思う。
 
これを聞いてじいちゃんが「シェイシェイ(中国語)!スパシーバ(ロシア語)!」
って挨拶をしていた理由がわかった。


ちなみに途中から「たぶん」だとか「たしか」とかって言ってるのは、上に書いていることは
一切じいちゃんから聞いていないからだ。
全部葬儀のときに大人たちが話していたのを横から聞いていた。



ちなみにじいちゃんは脳梗塞でなくなったんだけど
戦友の一人が
「あのとき満州に行ってなければ、あの苦労がなければアキラはもっと長生きしてたはず」
って言ってたから相当な苦労をして、相当な思いをして日本に帰ってきたんだと思う。

なにが言いたいかと言うと・・・・


私はおじいを尊敬している。
別に、戦争に行ったから、苦労をしたからとかじゃなく、
若くてそんな大変な苦労をしてきたであろうおじいが、私たちにはそんなところは1ミリも見せず
戦争とかそういうことに関して口を出さず、私たちにやさしく接して育ててくれたこと。
ただそれだけのことが本当にすごいことだと思うから。



終戦から65年。
今私は25歳。
私が生まれた時は終戦から40年しか経ってなかったということになる。
そう思うと戦争は自分が思う程『昔』のことではない気がする。

また、何を持って「終戦」とするのか。

私はたまたま機会があって長崎と広島の平和記念公園と原爆資料館に行けた。
長崎は高校の修学旅行で。
広島は彼氏の里帰りの際に。

特に広島は去年行って記憶が鮮明だし、25年生きてきたなりの脳みそで見たものを考えると
それなりに思うところもあった。

原爆ドームの前で2人で写真を撮ってみたけど、あとで消した。

原爆ドームから資料館へ行く間に川がある。橋を渡ってた時に何気なく彼が言った
「原爆が落ちたとき、ここに被爆した人たちが集まってきてすごかったらしい」
という言葉を聞いてすごく怖くなって、今でもすごく印象に残ってる。

たぶん広島の原爆問題が「社会科の資料集」の中の出来事じゃなくて
本当に起こった事実だったんだと頭で、体で、感覚で理解下からなんだと思う。


私が資料館見てきたと言ったら
「私、そういうの無理。こわいのキライ」
って言った人がいた。
高校の修学旅行でも、資料館をお化け屋敷のように「マジ無理こんなの。」
って言ってる子がいた。

たしかに資料館は怖いし悲しい。けどやっぱり日本人として知っておかなきゃいけないことだと思う。



おじいはきっと私たちに戦争のことあまり教えたくなかったんだと思う。
それはきっと悲しくて辛いことだから。

でも今、自分で見たことを自分の頭で考えて、自分なりに理解することができるようになった。
そういう年齢になった。



私らがおばさんになるころには、戦争経験者は一人もいなくなる。
そのときに子供たちに戦争のことをどう伝えられるのか、やっぱりこれも自分なりに考えていかなくちゃいけないな、とおもう今日でした。




長くなった。書きなぐったから誤字脱字、イミフ文章たくさんあると思うけど・・・読んでくれたひとがいたら、ありがとう。


お礼にかわいいモカさんの写真で〆ます。

左:風になびくモカさん
右:眠たいモカさん

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